富久

落語に「富久」という噺があります。

酒癖が悪くてお得意を次々にしくじり、今は裏店住まいしている太鼓持ちの久三。通りでばったり会った知り合いが富くじ売りを始めたというので、なけなしの一分で買い神棚の中にしまっておりました。

ある晩寝ておりますところへ、遠くで半鐘が鳴るのを聞いて目が覚めます。元お得意の大店と見当をつけ駆けつけると案の定で、急場にやって来るとは感心な奴とご勘気が解け再びお出入りがかないます。火事も無事に湿りまして見舞客の名を帳面に付けるうちお見舞いの酒に手が伸びて・・・。

酔いが回るにつれしだいに酔っぱらいの繰り言となりまして、自分の顔を見た時旦那が非力な芸人が怪我でもするといけないと言ってくれたありがたさを涙ながらにくどくどくど。「今これだけの身代が灰になろうかって時に、芸人風情の心配をするなんざなんて偉い旦那だろうねえ番頭さん!えっ!そうじゃねえか」

からみだしそうなところで寝かされて後半へ続きます。

 

 

 

落とし噺とはいえこのあたりの人情にはやはりジンときます。旦那の器量の大きさというか、ま、人間愛?

では久しぶり似ている川流(柳)です

 

 愛がある 火事の久三 情に泣く と IR カジノ急造 道理無く は似ている

 

日本に来る外人が魅かれるのは京都や富士山に代表されるごとく、歴史の重みや豊かな自然があるからです。金に飽かせて外国の猿真似したって意味なんざありませんわ!第一下品だし。

おまけに電飾で飾り立てた不夜城でまた電力使いまくって原発の寿命無理やり伸ばして、完全に時代に逆行してんだろ?何考えてんだああああ~~!!